もっと遠くへ
今日は疲れた。
昨日も疲れていた。
今日も疲れた。
実は、もうフルで働いている。
他の社員の2倍は働いている。
そう思う。なんとなくそう思うから、実際はもっとかもしれない。
半年にもなるのだなぁ。
もう遠く昔のことのようだ。
いや、すぐに思い浮かび、怒りと悔しさを通り越した、無色透明な諦観がボクを包む。
非常識な常識を押し付けられNOという選択肢のない自分。
『無給で、無遅刻無欠席で働き尽くして会社に誠意を見せろ!』
『インフルエンザ?本当か?』
『まだ3ヶ月だ。こんなくらいではまだまだ』
『医師がどんなにOKを出しても「常人と同じ風」に働けないことにはダメだ!』
『お前はいつまでも病人か?社会人としての生き方を教えてやる』
反論などはしなかった。できないし、する気もなかった。
ボクらウツ人以外の人たちは「常識」など本当は判っていないのだ。
多数決という乱暴な温室の中の、その真ん中から、「それ以外」に氷のような言葉を放ち笑う。
氷が当たらないと地団太を踏み、下手な鉄砲の癖に数は尽きず、当たるとホラミロと笑う。
ボクは、大小の氷をぶつけられ、それでも黙った。黙るしかないのだ。
ウツ人はウツ人としか分かち合うものはない。
ウツ人は多数決では生きていけない。
ウツ人は自分の道を変えられない。
不器用とか、真面目とかそういう格好のいいものじゃない。
ウツ人以外が怖いのだ。
ウツ人以外を変だとは思っていても、憎んでさえいても、それは飲み込まなくてはならないのだ。
自分が正しい、そう自分が正しい。
ウツ人の思う「正しい」は大抵、正しい。
ただ、その正しさは、それ以外には正しくない。
みんなが思っているように、ウツ人だから・・と切り捨てられ、廃棄されるのだ。
ボクはひたすらに何といわれても、怒りも媚びもせずここまできた。
自分の守るものを信じて、その信じるもののために生き生かされていると思うからだ。
支店長が代わり、副支店長は残留した。
上司は転勤の際にありったけの誠意を副支店長にぶつけていったらしい。
『あいつは・・・できます!』
あんなに嫌っていた上司だが、副支店長の「あんまりな人となり」には辟易していたらしい。
それを奇貨として、いるはずのなかった「味方」がボクを擁護してくれたらしい。
『あいつを放逐したら社の損失だ』
『ここまで・・・あいつの姿を見てきただろう』
『あんなに仕事している奴が何人にいるか』
ボクへの圧力はまだ大きく、書類が来るまで一ヶ月かかった。
正式に社員として認める、とあった。
ウツ人が多数決で勝ったのだ。
同じ部署の皆さんには色んな機会で「ありがとうございました」と言った。
「お陰さまで」と言った。
「温かく見守っていただき」と言った。
一人が背中を叩いて耳元で言った。
『バカ!お前がもぎとった成果だ!』
それから数週間。
今日も副支店長から呼び出された。
余程、ウツ人が嫌いらしい。いや、ボクが嫌いなのだ。
『もっともっと頑張っていかないと、同じ目に遭うぞ?』
大丈夫、ボクはもっともっと遠くを見ている。
すぐ目の前に死を見ている、ウツ人が見る遠くは・・・遠いぞ。
Yシャツがどこのブランドだとか、東京のどこそこが馴染みだ、とか、
焼酎の銘柄はここだとか、自分は何歳で課長だったとか、
そういう・・何といいますか・・
「一秒を生きるのにジャマな知識」にはボクは興味がないのだ。
ウツ人になってこっち、ここまでずいぶん歩いてきた。
直線距離は大したことはないが、多くの回り道で、多くを知った。
欲も出てきた。
もっと遠くへ。
その先の、もっと遠くへ。
大丈夫。記事は続ける。
皆も、まだまだもっと遠くへ行ける。
あの世へはまだ早い。
あの世は「高い」か「低い」しかない。
「遠く」ではないのだ。