自殺志願のスス〆
自殺を推奨する気はない。
いつでもやれるもんなら、やめておけと思う。
いざというときのためにとっておけと思う。
自爆は最終手段でよい。
一人で逝く事はない。
富士の樹海と云うのが知られている。
ボクの友人は、学生時代にふらっと行ってしまった。
皆で探したから見つかった。
探したから見つかった、と思っていたがそうではないらしい。
友人も必死に逃げてきたのだ。
やっと助かったと泣き叫んでいた。
後で聞いたのだが、当時友人は、ウツだったらしい。
真偽は判らないが、友人の談。
樹海に入った。
でも万が一のためにビニールのテープをひと巻き持って入った。
入り口の巨木に巻きつけて入った。
端は持って、それでも不安で手に巻きつけた。
途中で何をしに、そこに入ったのか判らなくなった。
どうでも良くなった。
自分の手からテープの端をほどいて、投げ捨てた。
判っているのはもう戻る必要はないこと。
だから、わざわざ、自分の視線より高いところに端を巻きつけた。
後ろを見ずに走った。
走りまくった。
途中から足元が重くなり、霧か煙みたいなのがサーッとかかりだした。
そのうち、まだ夕方なのに闇より深い闇になった。
時計は、まだ明るい時間だった。
大声で叫ぼうとしたが声が出ない。
喉を押さえたが、声は確かに出ている確信があった。
自分の声が聞こえない。
どこかに全てが吸い込まれている。
怖くなった。
死ぬんじゃないか、ということより、その場の雰囲気が怖かった。
走った。
走りまくった。
テープの端が見えた。
なぜか、自分のテープだ!と思った。判った。
きっと木からずり落ちたんだ。
助かった。
辿りながら歩く。
逆の端は、きちんと木に巻きついたままだろうか。
引っ張った。
思い手ごたえ。
大丈夫だ。
歩く。
黙々と歩く。
全然森が切れない。
明るくもならない。
腕時計はとっくに朝だ。
テープを間違ったか。
そんなはずはない。
引っ張った。
思い手ごたえ。
大丈夫だ。
が、
引っ張り返された!
恐怖が形になった。
走ろうにも、こんどは金縛りになった。
テープの端は、不規則に、生き物のリズムで引っ張り返してくる。
気を失った、か、眠った。
気付いたら、ボクらの声が聞こえた。
必死で叫んだ。
友人である、彼女の話を、ボクたちは疑わなかった。
事実しか語っていない。
ボクも死を探しに川に行ったことがある。
川を見ながら人がいなくなるのを待った。
ボケッとしていても、どうにもならなかった。
やはり、まだ死にたくないのだ。
そう思って、引き返そうとした。
車がない。
視界がきかない。
煙みたいなのがどんどん辺りを覆った。
あ・・彼女の言ってたのがコレか。
そう思ったときには、川すら見えなかった。
低い声を静かに出してみた。
出ない。
空気が震えないのだ。
つまり声は出ていない。
金縛りみたいにもなってきた。
冷や汗が止まらない。
鼻水出てきて止まらない。
なのに喉だけはカラカラになった。
そこからどうやって車に戻ったのか、憶えていない。
逃げた記憶はある。
何から逃げた、とか云う類ではなく、ただ逃げた。
生き物として、動くままに逃げた。
判ったのは、生きられる人間が、志願しても死は掴めないということだけ。
死のうと思ったときは、まだ早く。
生きたいと思い直したときには、もう遅く。
自殺と云うのは、結局は殺されることなのだ。
志願しなくても、死ぬときは来るのだ。
無作為に抽出されるのだ。
死は「そろそろどうでしょう?」などとお伺いは立てない。
だから、死をきちんと死のうなんて儀式はしなくて宜しい。
生ききれば死。
自殺は殺人。
間違っても、人生を生きる選択肢には入らない。
昨日、河畔で花火大会があった。
見てきた。
何年か前に、生きることに煙がかかった、あそこと同じ川。
花火を水面に映していた。
生きている。
そう思った。