MelancholyDampirの日記

ウツな人の独り言

金ない店ない女いないの独身時代

独身寮に入っていた時代があった。

まだ札幌という大都会にいて、独身寮に入っていた。
当時は首都圏から転入したばかりで「区役所」に行ったりしていた。
きれいな区役所。


清田区ってどこだ・・



ボクが知っている札幌は駅前と大通くらいであったから、郊外は知らなかった。
清田区は「分区」してすぐの区で、どっちかというと、もう空港の方が近い・・。


買ってきた「札幌市」の地図に載っていない・・

だから、なんとなく独身寮周辺をうろついて、後はバスと足で土地勘を養うしかなかった。

寮の周りは圧倒的に店がなかった。

寮のすぐ下、信号無視したら即効はねられる高速道路並みの国道沿いに店はあった。
ただ、「フィッシュランド」なる海と釣りを愛する人の店で、食品はエサしかなかった。
その隣に「高級宝石店エリザベス」があったが、こちらはさらにボクとは一生無縁そうであった。
徒歩圏に「北海道では有名な梅園」があったが、金もない腹の減った男は一句詠む趣味も余裕もない。

最寄のセイユーまで2キロ、バスは1時間1本。
片道30分かけて、坂道を行き、ついつい買いすぎると心臓破りの坂を帰るハメになった。
逆に歩けばコンビニがあることは知っていたが、知らない名前だったので避けていた。
きっと「酒屋がなんとなくはじめた店」で、ろくな品がない・・と思った。
北海道は「セイコーマート」というコンビニがぶっちぎりで、
スーパー感覚で何でも売っていたし、日替わりセールもきちんとやる。

セイコーマートの常連になった。
「食パン98円」とか「タマゴ98円(6個)」などは、独身貧乏にも主婦にも優しかった。
惣菜も100円で小さいのが売られており、それにヒト手間加えれば立派におかずになった。

毎日「手製弁当」をつくって会社にいくようになった。
泊りがあるときは、昼夜、翌日の朝昼で4食分作って行った。

ある日、泊まりの明けで帰り、無性に空腹であった。
冷蔵庫にはタマゴとネギ!あと、マーガリンの残り。

ごはんにぶっかけて食べるか・・


「アレ?オレ、ゆでたかなぁ・・」


ナマであろうクセに、やたらと回るタマゴ。


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腐ったか?・・いやいや、腐ったぐらいでボクは見捨てませんよ。

ナマでかじる。ピリピリしてすっぱい。
割るとゴロンと黄身とそれ以外の何かが出る。 火を通す。
なんとなく目玉焼きができる。
食べる。 まずい。
ネギを加えて、醤油とマーガリンでごまかしにかかる。
食べる。


醤油味のネギと、腐ったタマゴかぁ・・

舌は優秀である。
食べ物とそれ以外は区別するのである。

ボクは「賞味期限」なるものを信用していない。
当時はまだ厳格ではなくて「美味しく召し上がっていただくために」ぐらいの日付であった。


美味しくなくていいから食べる!


そうやって「値引き品」をまとめ買いして、節約していた。
以前に高級ドッグフードの美味にはまり買いあさった記事を書いたがこの時期である。
セイユーでほぼ毎日パンのミミを買い、いっつもボロボロのデニム姿であったためか、
パン屋のおばちゃんに



『頑張りなさいね、いつかきっと良いコトあるから』




と言われ「売り物にならないアンパンとかカレーパン」をもらった深いい話も同時期である。

弁当の腕も上がり、会社では「入社してすぐ愛妻弁当のヤツ」になっていた。
会社から先輩達が上司の命令?だからと抜き打ちで家宅捜索にきた。
独身寮で同棲しているかもしれない・・という根拠のないウワサのためであった。

金もなく、今の妻との結婚資金のための節約で、ヒマは掃除と読書ぐらいで埋めていた。
家宅捜索の面子には「こういう部屋がオシャレでキレイという」と映ったらしく、
流行りのCDやエロビデオもなければ、パソコンもテレビもない部屋に呆れられた。

先輩達は、風俗通いとかゲーム、競馬が趣味であったから「つまらんヤツ!」と帰って行った。

美味しい目玉焼きとかタマゴ料理を食べると思い出す独身寮時代である。
独身時代と変わらないのは、金がないぐらいである。
家族がいるから金がないのは当たり前だし、金があったら独身を通していたかもしれない。


お金なんかはちょっとでいいのだぁぁ♪



ビバ 奥田民生