あけましておめでとうございます
あけましておめでとうです。
今年こそ宜しくお願い致します
2011年である。宇宙の旅である。
キューブリックである。
HALL2000である。
来年は本家ドラえもんが生まれる。
バーチャルで行ってきた「ニセドラ祭り」は今年中に撤去しなければならない。
今年の「映画ドラえもん」が最後のオマージュであり、以降は実写になると思う。
年賀状が数枚きた。
書いたのが戻ってきたのかもしれない。
カレンダーは替えた。
干支が入っていないのではっきりしないが2011と書いてある。
娘の「こびとづかんカレンダー」が気味悪いが、可愛いブスは好感度が高い。
テレビは特番ばかり、全く・・。
スーパーに行ってきたが新年早々、何をそんなに金を使うのか不思議である。
年末に、闇市みたいに盛り上がったものを・・いつあれだけ食べ切ったのか休んだのか。
大衆というのは不可解である。
ボクも大衆でありたいが「100円以下の小銭しかない」の一点でイマイチ仲間はずれである。
今年は「小銭の神光臨」が拝めると信じている。
つまり消費税があがるのである。
カニが高い!!
20年前は北海道では1万出せば「姿」のそこそこの大タラバが買えたのである。
「タラバは大味、毛がにが最高」と良く聞くが、つまりは高いことへの嫉妬であり、
量が食べられなくなった、という自らの老いへの心理的糊塗である。
国内産はべらぼうで、ロシア産が幅を利かせている。
国の大きさと領海の大きさは比例するから、ロシアのカニが多くて当然である。
カニは、便利で先進国だからその領海にいついているのではない。
ヒトと同じはない。
「たまたま観光に来ていたロシアのカニ」を国産だからと高額でつかまされるよりマシである。
最近は「訳あり」と称して雑多粗悪なモノをつかませているらしいが、
生物としてカニは高等であり、つまらぬ商売を考える人間こそ粗悪である。
誰しも「訳あり」でないわけがない。
その変の独り者のじいちゃんをつかまえて昔話などさせればいい。
おそらく相当に「訳あり」である。
カニにしても「訳あり」は多数いらっしゃると思う。
・ ひいひいじいちゃんの代から日露戦争の怨念をもっており、いかついカオで日本に来た
・ ダンサーとして日本に来たが「就労ビザ」であり、踊っていたら強制帰国となった
・ 日ソ共同宣言破棄の勅命を受けたエリートだが、過剰に武装しており不審なので捕獲された
などが理由であろう。
政治がらみなカニが、若干おなかの辺りが黒いだけで、味には関係ないと思う。
「訳あり」など「ありがとう」と同じ、挨拶程度に考えればいいのである。
有名なトコでは「愛してる」というセリフと同じである。
何を言っていいか良く判らないが相手に失礼ではないとりあえずの挨拶、ぐらいの意味である。
「愛してる」と言われて本気で喜ぶヒトはいないと思う。
言うほうは、ほんの気持ちです・それ以上のお返しを期待しています、という挨拶の意であり、
言われるほうは、相手の真意は判りきっているから「ボクも・私も」あるいはそのまま返すのである。
「愛してる」 「ありがとう」
「訳あり?」 「ありがとう」
「愛してる?」「訳あり」
挨拶は良いことである。
しないよりはした方が良いという意味である。
つまりあまり考えすぎないということである。
というわけでご挨拶。
今年同様、来年もお願い致します!♪