MelancholyDampirの日記

ウツな人の独り言

停電とマージャン

この時機に「笑い」を提供するのは難しい。
・・・むむむ。
いや、簡単である。
じゃ、軽くいきます。
 
ボクの小さい頃(弟達も小学生と幼稚園ぐらい)、実家では毎週末のように「マージャン大会」があった。
タバコの煙がモクモクとして、18歳以上が酒を飲みながら大金を賭けあう。
ときに罵声が飛び交い、イカサマは即裏切り者として連れて行かれ、奥でズドン!という音がする。
そういうシリアスな大会では全くない。
野球とかでドリフが中止、少年サッカーもなく、夕食も済んでしまった。
そういうとき、まったり・・が大嫌いな父親が考案したことである。
父親はギャンブル運がなく、いやギャンブル自体に嫌われていたのだろう、勝った話は聞いたことがなかった。
だから、父親は勝てる舞台として「家族親睦マージャン大会」を考案したのだ。
親睦を深めなければならない家族であったのか?異議は出なかった。
なぜにその手段がマージャンなのか?これも異議は出なかった。
ボクら兄弟はもっぱら外遊びが主流だったので、マージャンというものに興味があり、
末の弟はドンジャラ(マージャンの子供向け玩具?)の腕試しの機会を待っていたらしかった。
 
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我が家にあったのは「ドラえもん」のドンジャラであった。
今は破壊いや破戒され散逸して場所はとんと不明である。
ボクはあまりやらなかったが、弟達は昼間から公然と博打場を開帳し、
金銭より貴重なチョコやらアメやらを賭けていた。
下の弟はギャンブルに限らず、将棋や碁や、そういうものに長けていて、ドンジャラでは「鬼」と呼ばれていた。
4歳や5歳で鬼であったのだ。
今でもゲームセンターでは顔が赤くなり、目が血走り、角が伸びだして、母親でも制するのが難しいらしい。
 
ある日のマージャン大会はわざわざ「停電」のときに開催された。
そのときには、すっかり本物の「牌と点棒」が使用され、父親は胴元よろしくキビキビと仕切っていた。
蝋燭の火の中で、ジャラジャラとかきまぜ、小声で「ポン」とか「なくか?ソレ」などと言っていた。
黙々とハイを並べ、相手の捨てるハイで手を読む。息遣いさえ気を使う。
ちょっとした秘密結社の取引のようであった。
 
掛け金がモノでなくなり、1円とかになり、レートが上がるまで時間はかからなかった。
ボクらは着実に小遣いを減らし、父親は着実に小遣いを巻き上げていった。
本来、小遣いは父親からの頂き物である。
ソレを本来持っていたヒトに返しているだけのコトであるのだが無性に納得がいかなかった。
末の弟は、その智謀を存分に発揮し、よくも!という倍マンの手で上がり起死回生を図った。
チートイツドラドラは小手調べ、三アンコウや四アンコウでも上がってきた。
父親は本気を出し、いや、最初から本気であるのだが、いよいよ本気になった。
くだらないところはその上がり方である。
弟達が「高い手」を揃えていると見抜くや、「リーチのみ」とか、ピンフとか、タンヤオとか・・
とにかく勝負師のプライドを捨て去って、くだらん小手小手で時間を取らせなかったのである。
『リーチ、ツモ、ドラ、デンデン!』・・父親の声にボクらは軽い、いや確かな殺意すら覚えた。
最後に父親が偉そうに「メモ」を手に発表した。
 
『○、500円負けぇ!』 ニヤニヤが止まらない父親。
『○、2,000円負けぇ!』 末の弟は涙目である。
『ジャジャーン!○、わぁ・・おっとぉ!1万5,000円ですぅ!』
 
何がジャジャーンだ!何がおっとぉ!だ・・この鬼畜め!ヒトの皮をかぶったベニスの商人野郎!
 
『2000円までは払えるなぁ・・・○は可愛そうだから5000円でいいぞ!?』
 
いいぞ!?だと?幼稚園生から貴様はカネを取るのか? というか本気か?正気なのか?
ボクの脳裏に色んなイベントが浮かぶ・・・この父親に冗談はないのだ。
台風の日に予定していた「釣り」を決行したのもこのヒトだ。
今日は閉めようかと・・そう言っていた釣堀のオヤジを強引に説得したのもこのヒトだ。
『今日は釣れるまで帰らないぞ!?』 そう言ったのも実行したのもこのヒトだ。
 
末の弟が泣きながら1,000円を何枚か握り締め、父親の前に投げ放った。
舞い飛ぶ千円札・・・こいつがどれだけお手伝いやら買いたいもの我慢して・・
苦労してここまで貯めたのか、父親は判っているのか?
 
『払うよ!払えばいいんだろ!?』
 
『カネを投げるんじゃねぇ・・』と言いながらカネを数える父親。
泣く弟をなだめながら、上の弟が叫ぶ。
 
『もう、いい加減にしてよ!?遊びだろ!?』
末の弟がさえぎる。
『いいんだ、お兄ちゃん・・・ボクは払うって言って続けたんだ!ウソはついちゃダメだぁ!』
 
末の弟はボクとは正反対の性格なのだ。
つまり、どこまでも良心と正義に貫かれた性分なのだ。
正義でなければ教師や友人にも反論する、その一方で正義であれば自分一人でも行くのだ。
ソレは感服する性格だが、器用な生き方ではない。
ボクは、2000円か・・・と諦めて黙っているしかなかった。
 
『でも、お前・・』
上の弟は全く払う気はなかったらしいが、さしあたり自分の散財が痛ましいらしかった。
目でボクに合図してくるが、逸らせた。
すまん、弟達・・・ボクはこういうときの、その、そこの父親が怖いっす。
 
父親が言った。
 
『ウソはつかない!コレが我が家の約束だ・・やると言ったらやる!できない約束は・・ダメだ!』
 
ボクら兄弟は本気で思っていた、いや、願っていた。
早く大人になりたい!! 大人になってチカラさえあれば・・。
チカラがなければ、正義など、ヒトの道など甘っちょろい妄想なのだ。
チカラさえあれば、せめてこの目の前の「くだらない大人」をチカラでねじふせることができるのだ。
 
 
 
『お父さん!?やめなさぁぁい!?』
 
 
母親がやってきてボクらの間に割って入った。
タツでイモ食って寝ていたはずが、さすがの騒ぎに飛んできたらしかった。
『汚い靴下を一足洗ったって10円でしょ!?そんなお金を・・お父さん・・いい加減にしなさいよね!』
父親は『今日は・・・仕方ないやね・・』と言った。
『これからもダメだからね!』と母親が追加した。
ともあれ父親は刑法の「賭博開帳の罪」を免れたのである。
そして、末の弟は、「払うべきでないカネがただ戻った」だけのことに感動し、
母親のヒトとして当たり前の言動に正義を感じ、千円札を握り締めてその場に泣き伏したのである。
その晩、母親に説教されていた父親の顔は未だに忘れない。
「オレは悪くねぇ」と油性マッキーで顔に大書きしてあり、「今に見ていろ」と言いたげな口元であった。
ソレを見た母親は、更に父親を厳しく叱責したのである。
 
その後もドラえもんドンジャラ大会がカネ臭くなることはあったが、父親が愚行することはなかった。
どんなに牌がドラえもんでも、カネがからんだ時点でメルヘンではなくなるのだ。
何にでも使える「オールマイティ」の牌が、父親にはどんなにカネに見えたであろう。
が、父親が愚行することはなかった。
よっぽど母親が怖かったのだろう。
 
今は、父親にチカラで勝てることは知っている。
が、老いた親をチカラでどうしようとは思わなくなった。
父親は電話が大嫌いであるらしい。電話にひどく緊張するのだ。
ボクは実家に電話すると父親が出るように仕向け、長電話する。
最近は安否の確認がてら、長話を更に長引くよう努力している。
父親は、ボクにチカラがあることは知っている。
が、残念ながら、ボクはチカラより頭を使った嫌がらせにこそ自信があるのだ。
長生きしてよね、父さん。