MelancholyDampirの日記

ウツな人の独り言

記憶に残る番組は、なに?

ヤホーからのお題である。
PTAや親からは白眼視されたが、自分ではどうにも見たかった番組。
やはり「おれたちひょうきん族」であろう。
以上見ていないので・・終わり。
小さい頃の我が家は、ドリフという巨人ある限りあらゆる裏番組が見られなかった。
 
なぜなら父親が大のドリフ族であり、志村さんと加藤さんの信者であり、いかりや氏は教祖であったからだ。
ドリフは先生はともかく親たちからは受けがよく、
ソレがどうにも好かなかった天邪鬼なボクはやがて見なくなった。
父親はカトちゃんケンちゃんご機嫌テレビも熱心に見ていた。
カトケンさえでていれば彼は後はどうでもいいのである。
「牛乳をいつまでも飲むコント」を見ては『出たぁ!』と奇声を発し、総集編でも同じ声を出していた。
今は影の薄い田代さんと絡む「バカ殿シリーズ」もお気に入りで、やっぱり『出たぁ!』と欣喜していた。
『柄本は上手いなぁ!さすがだ!あのちょっとした仕草と間がな』といっぱしに評論をかまし
『桑野はどうもヘタだな・・照れちゃダメなん!』と昔からの知り合いのように叱咤していた。
「変なオジサン」はいたくお気に入りで、自分こそ変なオジサンであるにもかかわらず盛り上がっていた。
「だいじょうぶだぁ♪」もツボらしく、うちわを丸めた新聞で叩いて大喜びであり、天理教を無視しきっていた。
見ていてうるさい上に、判りきった流れを前に更に解説が入るのである。
『おい、もうすぐ出るぞ?変なおじさんだろぉ・・いいか・・ほらほら』
『出たぁ!!ほら出たろ!必ず出るんだ!ウヒヒヒヒ』
ボクら兄弟はすっかり笑う気が失せて、番組の終るのを心待ちにしていた。
やがて我が家は「ドリフ(特に志村けんさん)」は父親に見せてはならない番組となった。
 
イメージ 2
 
すぐ下の弟は、夜はドリフに毒されるといち早く察し、夕方にや夕食後の19時台に照準を絞っていた。
長淵剛氏の大ファンであった弟は家族ゲーム(すごい暖かいホームドラマ)も見て、最後は涙を流していた。
ヤクザモノの「とんぼ(だったか?)」というドラマもかじりついて見ており、長淵さんの格好よさを熱弁した。
『兄貴、長渕・・やばいって、言葉じゃないんだって!かっこよすぎだって・・あぁすげぇなぁ・・』
適当な相槌を打っていると『長淵をバカにするかぁ!?』と切れて、なぜかボクは平身低頭謝っていた。
哀川氏演じる「ツネ」にも大いに感化されたらしく、男くさい世界での血を越えた男の友情に感激していた。
『兄貴!とんぼのモノマネするから見ててくれよ?』
もうつまらんことで謝るのは嫌だったので、しっかり見ていた。
弟は長淵氏演じる「ユージさん」と哀川氏演じる「ツネ」を二役こなしていた。
 
『ユージさん』
『ツネェェ』
『ユージさん!』
『ツネェェエエ』
『ユージさん!』
『ツネェェェ・・』
 
イメージ 3
 
どこまでも終らないので「どこが盛り上がるトコなんだ?」と聞くと、弟は!!??という顔をした。
そして心から憐れんだような目をして、やっぱりお前は人間失格か、という顔をした。
 
『兄貴!判らないのか?まさか・・ホントにこの格好よさが判らないのか・・?』
『そりゃ演技はヘタだよ?正直あんまり似てないよ?でもさ、でもさ!』
 
「オレ、ソレ見てないんだよね・・」
 
弟は外人のように肩をすくめて足早に去って云った。
階下でまた『ツネェェェ』と聞こえてきたので、今度は末の弟がえじきになっているらしかった。
啓発活動も熱心なことこの上ない。
末の弟は幼稚園の頃から「時代劇」にはまっていたので、大時代ではあったが言葉遣いは良く良識家であった。
だから、現代のヤクザもの、それも兄からの「似ていないモノマネを賞賛」するほど子供ではなかった。
やがて我が家は「長淵氏のドラマ」は弟に見せてはならない番組となった。
ドラマがなくても、弟の熱い長渕シャウトは部屋からよく聞こえていたが。
 
ボクはスクールウォーズを見ていたが、コレは教師(特に体育会系)も見ていた。
その話になるたび『あんな教師いたらクビだって!やってらんねぇって』と教師はぼやいていた。
その教師は寒空の下で、生徒に「走って来い!」とだけ言って、自分は「焚き火」にあたっていた。
薪がなくなると、その辺の体育を見学している生徒を捕まえて「薪を拾って来い」と言って自分は震えていた。
教師にも色々ある。ボクは「スクールウォーズの滝沢先生」が実在したら、なんとしても近づかないようにしたと
思う。熱血とか青春とか汗とか夏の海とか運動会とか文化祭とか、とにかくそういう熱気が苦手なのである。
 
ヤホーの意図はおそらく男向けとしてなら判る。
11PM
ボクは一回だけ録画したが、小難しい顔をして世評を斬っていた藤本氏がおかしくてそっちばかり憶えている。
見たところで「水着美女がどこまでも見せる!」という謳い文句とは別に、生い立ちなんかを見せられるのだ。
 
タモリ倶楽部(の尻)
これはいいものだ、と父親にも奨めたが、21時には寝るんだ!と却下された。
 
見ていたら母親が『ありゃ、お毛毛も生えてないんだねぇ・・つまんないね』と言われ萎えた。
 
・まいちんぐマチコ先生
見ていたら母親が『裸になるならなれ!ならないならならない!』と言われすぐ見なくなった。
 
イメージ 1
 
結局アングラマンガやビニ本裏本裏ビデオにすぐに流れたのである。
 
 
教等や校長、PTAにはやはり積み木崩しのような家庭崩壊モノや学校崩壊モノは受けが悪かった。
「そんなもの見てるの!?」と知人の母親に言われたことがあり、
ボクは主題歌の前奏のときのナレーションを諳んじた。
 
「この物語は、ある学園の荒廃に闘いを挑んだ熱血教師達の記憶である。
高校ラグビー会において全く無名の弱体チームが、荒廃の中から健全な精神をつちかい
わずか数年で全国優勝を成し遂げたという奇跡を通じ、
その原動力となった信頼と愛を余すところなくドラマ化したものである。」
 
その母親は唖然として「何をウソばっかり」と言っていたが、
すぐにファンになり、松村雄基(字が違う?)に狂っていたらしい。
ボクは岡田奈々さんの大ファンであり、アイドルに狂っていた同級生から「年増好き」と揶揄された。