MelancholyDampirの日記

ウツな人の独り言

ハウス食品劇場①

「母の日」なる日であったらしい。
元々は、アメリカの母子家庭に育った少女が特別に、ではなくはじめたことらしい。
貧困の中で自分を育てながらも志半ばで死んだ母を悼んで墓前に毎年花を供えた。
ソレが美談としてアメリカ中に広まり、やがて母の日として認知された・・。
ソレを輸入してサル智恵でイベントにしたのが日本の母の日である。
父の日は「母の日があるんだから・・」という世の父親の嫉妬によって生まれた日で、こちらに美談はない。
まぁ、どちらも祝う日ではなさそうだ。
母親が亡くなっていれば、偲んで墓前に報告するか、喪に服す日であり、
母親が生きていれば、悔いを残させないように子供が頑張る日である。
人それぞれ、母親という実像に寄せる思いは深浅あろうかと思う。
少なくとも自分がココに生きている理由には、まず母親があるからであり、
育てたか否かは別として、生んでくれたこと、殺さずにおいてくれたことには最大の賛辞が必要かと思う。
電話でもメールでも最低限「ありがとう」が伝われば良い。
母の日にカーネーション、というのは全く根拠がないので、花屋に行くこともないのだ。
 
ボクは思春期を、吊り上った目と賢しげな言葉、それと抑えてもにじみ出る殺意に満ちて過ごしたらしい。
当時を振り返って母は思ったらしい。
『あの当時はね・・毎晩ね・・いつかはこの子に殺されて死ぬんだって思って寝たもんだよぉ・・』
ボクはヘラヘラと聞いており、拡大していく笑い話の類だと思った。
『だけど、他のヒトにとんでもない迷惑をかけるのなら、殺される前にアタシが殺さなくちゃ!って思った・・』
『良くここまで修正してくれたもんだ・・』
ボクは一体どんな子供であったのか?別に聞くまでもない。
悪の教典貴志祐介書)」を上巻まで読んで気持ちが悪くなり、下巻に進めない、
そういう心当たりが、散弾のように当たりまくり、いちいち打ち抜かれるからだ。
 
母の日ねぇ・・と思いながらトップページを見ていたら、ピーターパンの画像があった。
あぁハウス食品のアレね、日曜に19時か半にはじまってたアレね、と思った。
ブログタイトルを先に書くので、いっつも軌道を修正するのに・・いや、苦労しない。
ボクの話があちこちの飛ぶのは精神科医のお墨付きである。
実際に会って話しをしたら、おそらく100人中100人が付いてこないらしい。
200人目あたりで医師か母か妻に出あうであろうから、特段おかしくもない、と自分では思っている。
 
イメージ 1
 
つまり、マルコは待っていられなかっただけである。
大人しく「出稼ぎ」の母を待っていれば家出まがいの大冒険をせずに済んだ。
感動モノという刷り込みがあるので、視聴者は麻痺しただけである。
待っていたのは病弱薄幸な美人な母親ではなく、海賊の3人ぐらいなら素手で倒しそうな屈強な「母さん」であった。
ソレを言っちゃあ・・ダメ!というのがこの手の物語のいいとこであり、夢でありロマンである。
 
イメージ 2
 
こっちが先だったかな?
どうも記憶を整理する前に書いてしまうのである。
ライライラー♪ジンゲンジンゲン、クレイダースブリンダース♪
ライライラー♪クレイダースブリンダース♪ライーラ♪
オランダからスイスだからドイツ語圏だべなぁ。
 
右が、ヒトの不幸を全て押し付けられてキリストのように死んでいったネロである。
真ん中が有名な従者パトラッシュである。
左はこの物語を不幸にした張本人のアロアである。
放火の責をひとりで負って村を追われたネロを、アロアをはじめ良識派は一人として弁護しないのである。
マルコでさえ三千里を旅したのである、ましてメロスは一人で走って友を救ったのである。
ネロは両親の愛も知らず、畜生(失礼・・)、愛犬一匹に見取られて好きな宗教画の前で息を引き取る。
コレを可愛そうだ、感動のラストだ、というのは傲慢である。
現地でもこの話はあんまりだ・・と云う事で「不幸はそっとしておこう」と何の施策も講じなかったらしい。
当然である。
幼い命の不幸や悲劇を誰が喜ぶもんか、というのが普通の了見であろう。
ところが「フランダースの物語はここですか?」と云う日本人観光客がわんさと訪れたらしい。
現地の観光担当も「何でそこまで?」と放っておけなくなり、仕方なく、像や由来の地の案内をはじめたらしい。
怖いなぁ、日本の判官ビイキって。
おしん」も生まれながらに豪商だったら、殺されて喜ばれる側だったんだべなぁ。
 
 
実家の母親に電話した。
どうにも「ありがとう」なんて言えない性分である。
母親は、カニ料理屋を予約して、夫と息子と孫の分とを支払ってきたらしい。
どこが母の日なんだ・・。
母親は、笑って生きていられることが最高の幸福であり贅沢であるという。
カニは、どうやらただの好物であるらしい。
父親にもその前に電話した。
父親は言った。
『オレは・・ゾロゾロいかなくても二人っきりで祝えばいいと思ったん・・』
父親には悪いが、老夫婦二人でカニを食っても美味くないだろう。
モノを食べているときの父親は、どうにも「まずい面」だからである。
 
ボクは、カニ・・は無理なのでガストに行った。
ピザだけ頼んで、妻子の食べっぷりを見ていた。
ピザは八割がた息子が食べた。
ピザの切れ端と、唐揚げの食べかけと、ぬるいうどん。
ドリンクバーが今日に限って全て「不味く」、全く笑うしかなかった。
息子は「チョイレ(トイレ)!」と叫び、連れて行けばチンチンだけいじって満足している。
娘は食べ過ぎて気持ちが悪くなり、そんなトホホな光景を見ていたら満腹になった。
 
笑って生きていられることが最高の幸福であり贅沢である、とは嘘ではないらしい。