ブラインライティング
10年以上前の若干古めの本にあった。
「ぶれいんらいてぃんぐ?」
あ、アレか。
ストーミングは、話しまくること。
建前も社交辞令も全く出なくなって、禁止用語も含めてとにかく話すこと。
ダンマリは許されない。
相槌だけも許されない。
そして攻撃のみ、守りだけも許されない。
とにかくダダモレさせるところに、ストーミングの意味がある。
そこで起きた「亀裂・失言・暴言」は、セッション終了後には忘れる。
・・とはいかない。
ボロクソクソミソ、罵詈雑言を受けたことのない人は特に根にもつ。
そして計画自体が頓挫する。
そんな計画頓挫してしまえばいい。
それがストーミングの狙い。
メンタルでも使われる。
誰のせいにしても良いし、自己嫌悪の底に沈んでも良い。
ただ、「私はこんなに苦しんで可愛そうだから」と訴えても、逆効果になる。
甘えるな!とか、底辺はもっと下だ!とか容赦なくやられる。
だから、ウツ人には向かない。
そこでライティング。
コレはとにかく書まくる。
誰かが助けてくれない辺りはストーミングと同じ。
口を開かない分、緊張はしないが辛辣にもなる。
ホンネで書きまくる。そして隣の人に渡す。
受け取った人は、それをまた渡す。
ただし、自分の意見・助言を加えて渡す。
一周すると、自分の偏った主張が修正されてかえってくる仕組み。
良く修正されれば良いが、これもボロクソになることがある。
仕方ない。
自分の主張は「多数決」ではどう判断されるのか?
そういう、中庸という常識が試されるのだ。
自分は自分!という確固とした思考ほど脆いものはない。
他者が居て、その他者の影から、自身とい輪郭を知るのだ。
コーチングというのも多用される。
これは褒めるディベート。つまり反論のない討論。
いいね。すごいね。で進んでいく。
ただし、具体的に褒めていかないと進まない。
話すスピードが聞きやすい、とか、表情が堅くてすれていない、とか
バラバラでもいいたいことは判る、とか、息がくさくないわ、とか。
みんな妙な「褒め上手なおばちゃん」になるわけだ。
コレはウツ人同士にも徐々に使われている。
自己評価が低すぎるウツ人は、概して、他者を認めることが苦手だからだろう。
どうしても、自分は他人とは(優越して)違う、とか思うものだ。
たまには、そういう治療に出くわしたいものだ。
医師と討論したい。