独り言~最終平成24年
コレで今年の更新を終る。
役人も御用納めなのに、続ける気力がない。
と言いますか、のんびり読書と思考と妄想にどっぷりと時間を割きたいわけだ。
今年一年と振り返るには、ウツ人には余りに繊細だ。
ざっくりと一ヶ月で区切って生きていない。数分前は・・もう判らない。
明日のことすら、今日になっても見えないのだ。
医師や薬は、一週とかひと月で区切ってくれるが、ウツ人はそうはいかない。
ボクらは自販機ではないのだ。
120円を入れたから、ハイどうぞコレですね?という結果は出ない。
こうなるはずなのに・・という一般的な期待や常識にはめ込まれると、ボクらはどこまでも例外だ。
ウツ人に限らない。
誰もが、こんなはずではない、という重い真綿でくるまれて、苦しく呼吸している。
深呼吸したい、そういう場所も時間もカネで買うしかない寂しさ。
誰もが、はめ込まれたベッドに身体をねじこませて、寝苦しい夜をすごし悪夢を見る。
悪夢から醒めたら、身体は重いし、吐き気はする・・もっと悪夢だったりする。
飲み歩いて、へべれけになっているわけでもないのに・・・。
「そんな甘いことは通用しない!」と誰もが言われ、そして言っている。
かつて耐え切れなかった何かを転嫁し、怒っている。
怒りに答えはない。
ウツ人には、今年も激動の一年だったことだろう。
言わなくても判る。
薬を飲んで飲んで、効いたかどうかも判らずに黙々と這いずり回る。
カウンセリングは、言いたいことの半分も言えれば御の字だ。
寝てばかりで・・
何もせずに終った・・
何の役にもたっていない・・
バカモノ! もっと自分を褒めなさい。
ボクは褒める。
みんなを褒める。
みんな!本当に凄いよ!
毎日を生ききる、そして一秒でも先につなげる。
明日のために生きているわけではないのだ。
今日、今を生きよう。
未来など考えなくても良い。
考えたって、未来はこっちなどお構いナシだ。
明日のことなど、占いか、宝くじくらいの価値のものだ。
占いなどにも耳を貸さなくて良い。
こうした方が良い!
コレがいけない!
自分の考え(こうした方がやりやすい)を押し付けるのは、週刊誌やテレビで沢山だ。
ボクは、週刊誌は占いと同じと考えている。
「大物芸能人が詐欺の元締め!」というのを信じるも信じないも、勝手だ。
占いだから。
ソレについてどうのこうの言う方がおかしい。
占いだから。
マヤの暦で大騒ぎする方がおかしい。
細木和子女史が『今年は金星人があぶない』と言われるのと同じ。
占いだから。
週刊誌を訴える人は、よほどの実害がない限り、妙だ。
よほどの「占い好き」なのだろう。
ウツ人に占いもスピリチュアルも必要ない。
ただ自分の足を見ていれば良い。
どうしても激情を堪えられなくなったら、自分の小さな傷を見れば良い。
誰でも、カサブタのひとつ、古傷のひとつはあるものだ。
ソレは、おそらく治っているのではないのか。
生きようとする身体を、自分を、どんなに否定しても、身体は限界まで応える。
身体は、細胞は、例え自身を犠牲にしても、必ず傷を治す。
その総体として、自分自身が応えないわけにはいかない。
時間はかかる。
かかるだけだ。
時間が解決しないものは、死の一点だけである。
どんなに惨めで、苦しくても、そこに生きる輝きがある。
生きる意味とか、価値とは言わない。
生の意味など誰も知らないし、価値など、残念だがないのだ。
何も探さなくて良い。
何も責めなくて良い。
究めるところ、自分の本心だけは裏切らないで欲しい。
以上。