MelancholyDampirの日記

ウツな人の独り言

ブログ7周年

おかげさまでココも7年になる。
7年といっても10年よりは短い。
5年よりは長い。つまりまぁまぁ長い。
生まれた子どもが小学生になる、凄い時間、歴史である。
皆に感謝するとともに、ボク自身に感謝する。
今日も一日ありがとう。
主に両親兄弟である。
毎日、毎朝毎晩、故郷に向かって合掌礼拝する。
今日もお陰さまで・・と頭を垂れる。
「おかげさま」と言うと、我が身可愛さとか、オレが私がというエゴがなくなる。
他生という縁と云うか、他力と云うか、
そういう、自力ではどうしようもないが「きちんとあるなにか」に感謝できるようになる。
自力=自分でなんとかする
他力=他人の力を借りてなんとかする
と云うのは浅はかであったと思う。
自分でなんとかできるものなんてたかが知れているのだ。
ほとんどは、衣食住誰かに何らかの形で生かされているに過ぎない。
料理を頑張っている、とか他人に言いたいことを言えた、とか言うヒトも多い。
料理はただの殺生で、趣味にしているヒトは殺しの達人である。
では、だめかと云うと、お陰さまで・・となればいいのである。
料理が得意だ。
では、食材をどこからどこまで自分で作って、どこまで使い切っているかと云うとダメだったりする。
料理させていただく、食べていただく、おまけを自分が頂く。
「頂く」とは、仏僧が、まず頭より上に托鉢のご飯を掲げたことに始まる。
ごもっともである。
「お陰」とは、深くもなく浅くもない。
陰となるヒトに感謝し、日向・陽となるヒトやモノを尊敬する。
どんな嫌なヒトでも、大抵は、お陰をこうむっているのだ。
ウツ人は大抵、陰であり、暗い。
お陰さまで、と言わないと、存在自体が危うい。
 
私は自力でウツを治しました!
 
バカモノ!違うのだ。
治した、というのがそもそもの勘違いで履き違えで罪悪なのだ。
ウツになったお陰で・・といえるヒトのボクはなりたいし、近づきたい。
そりゃぁウツ人じゃないほうが、世渡りは楽だ。
でも、お陰でウツ人になったのだから、その生き方を楽しみたい。
 
お陰さまで、ココまで来られました。
また宜しくお願います。
合掌。
礼拝。