イブ
手がかじかんでいる。
ゴミ出しがてら散歩してきたのだ。
10度(マイナスね)はあろうか。寒い、というより痛い。
12月なので軽い作業手袋で歩いたので、すぐに反省した。
もぎゅもぎゅ、と靴底の下で雪が鳴く。
木の水分が凍りつく音が聞こえるくらいの静寂なので、足音は大きい。
樹氷だ。寒いわけだ。
モギュモギュ、と歩いてきた。
ウグイス張りにはかなわずとも、砂丘の鳴きには勝てそうな音だ。
イブらしい。
こんな鄙びた住宅地でも、ネオンを鮮やかに点している。
キリストや、まして神なぞ信じていない家だろう。
信じるのは、近所の評判と自己顕示の正しさである。
それでも、世知辛い中にあって、ありがたいことである。
イブと云うと、ボクはシモネタしか浮かばない。
若かりし頃は「誰でもやれる日」くらいにしか考えていなかった。
独り者でその方面に心当たりがある者は、この日とばかりに躍起になり、独り者は外出しないのだ。
告白しさえすれば、差し当たりの暖がとれ、キリストを無視して観音様を拝めるのである。
であったが、ボクはいつもバイトであった。
この日は、カップルが増え、人員が急に減りシフトが回らないためだ。
いつも、適当に使える位置にいたため、割り増しに釣られてシフトに入っていた。
サンタの服を着てケーキを売ったり、サンタの服を着させてノルマを鼓舞したりしていた。
古着屋でサンタ。コンビニでサンタ。引越しでサンタ。交通整理では帽子だけ。
塾でも、サンタの服を着て授業をしてたが、アレでは逆効果だろう。
性欲盛んな学生に、大学生の女がサンタ服なんぞ着て授業してはいかん。
させたのはボクだが。
大昔だが、水商売にはイブなど、まったくもって邪魔だった。
こっちは「店の一角を借りて、刹那をエサに金をふるい落とさせる」だけである。
イブ特価!とか、飲み放題!とか勝手にキャンペーンを打たれては迷惑なのだ。
女のさびしんぼうや、血迷った男色の毒牙が、亡者のごとくうろつくその時期は嫌だった。
金を払ってでも働きたくない、そんな矛盾が綺麗に成立する時期だった。
その上、ボクは当時まだ教会に行っていたから、そっちもそこそこ忙しく、まったく嫌な時期だった。
神もキリストも天使も悪魔も、互助の精神で相関的だ、とは言えないのが教会だ。
ここには神様なんて一人もいませんよぉ、などと一番言えない空間が教会だ。
何より無償奉仕なのだ。金を払って掃除している信者だっているのだ。
有名な「プロテスタンティズムと資本主義の精神」そのままである。
脱線。
(画像と文章は一切関係ありません)
やっと手が動いてきた。
可愛いが可愛そうなホステスに「イブ」という子がいた。
どうにもツキに見放されているのか、二者択一で不幸な方ばかり選ぶのだ。
アルテミスの源氏名の方じゃなくてイブ。
固い男を振って、もう片方の男と付き合えば粗暴で酒乱でオシャレで金がない。
質屋で迷って選んだバッグを買えば盗品。
カサを持てば晴れ。忘れれば雪。
勝負下着の日に乱暴され、西友の下着の日に上客に誘われる始末。
イブだから、とボクは先輩に誘われ、同じ穴のなんとやらを慰問に行った。
イブは不在。何をしている!貴女の日だぞ!
イブはインフルエンザ・・・予防接種しての罹患。
先輩は、『気の毒に、と云うレベルじゃねぇなこりゃ』と笑った。
マスクをして見舞い。
差し押さえの証票と出頭督促だらけの部屋で、さしあたりお祝いした。
どんなに詰めよっても、生き方も考え方も変えられない、イブちゃんは笑った。
笑ったイブちゃんは可愛いのだ。
そしていつも笑っているのだ。
オツムが足りない、そういう匂いで来る男も多かったが、それを利用する狡猾さも持っていた。
いや、ずるさではなく、天性のものなのだろう。
育ても義理も酷い親だったらしいが、親の悪口ひとつ聞いたことが無かった。
同僚にもお客にも、愚痴を言う思考がないのだ。
それでも、「ここだけなんだけどぉ・・」悪口を言う同僚は多く、女はこえぇな・・・とボクなどは思った。
後にイブちゃんは、振ったカタイ男に熱心に誘われ、家の女になったらしい。
男の名前はタケル。
イブとタケルノミコト。
なんだかんだ、不幸ばかりで締めくくらないところが彼女らしかった。
そしてボクは、教会での交換プレゼントが大問題になり、男女構わずボロクソに言われた。
「マリアを象ったバイブ」だった。
神様なら 『Good job』と言ってくれただろう。
やっぱり神なんていないんだと思った。